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防衛現地研修 台湾の今を知る旅 11月7日(水)〜9日(金) 参加締め切りました
天皇誕生日奉祝行事 特別講演:日本大学名誉教授 百地章 先生 12月23日(祝・日 参加者募集中


 
東京郷友連盟は佐藤正久議員、宇都隆史議員を推薦しています。

ようこそ東京郷友連盟のホームページへ

開設 平成21年5月20日

 このホームページは、東京郷友連盟の現況と今後の予定などについてタイムリーにお知らせする手段として開設したものです。皆さんのご活用を期待しています。

 東京郷友連盟は、郷土を愛し、絆を大切にし、国を思う友(なかま)が相集って、「国防思想の普及、英霊の顕彰及び殉職自衛隊員の慰霊、歴史伝統の継承助長」などに関する諸事業を推進することにより、「誇りある日本の再生」に寄与することを目的とする、国民運動団体です。

 具体的には、防衛問題、歴史問題、教育問題、憲法問題等に関する「勉強会」の開催、自衛隊の部隊、演習、訓練等への「見学会」の実施、靖国神社を始めとする慰霊諸施設への「参拝」などの諸行事を主催し、あるいは友好・同志団体主催の「国民運動」に参加することを通じて、会員各位が自己を研鑚すると共に、会員相互の親睦と連帯を強めています。

 入会を希望する方は、後述する所定の手続きに従って申し込んでください。老若男女どなたでも結構です。友人、知人を誘い合わせてのご入会をお待ちしています。


会長 高橋義洋

「自分の国は自分で守る」国民意識の確立を!

(一社)東京郷友連盟会長   橋 義 洋

明けましておめでとうございます。
 平成30年の年頭にあたり、謹んで皇室のご繁栄をお慶び申し上げますとともに、わが東京郷友連盟の会員諸兄姉および本誌の読者各位、並びに平素ご支援ご協力をいただいている皆様方にとって、本年が明るい幸せ多い年となることを祈念いたします。
 平成29年、当会は年間を通じて各種事業を着実に実施して、所望の成果を収めることが出来ました。これひとえに会員はじめ関係者(団体)の皆々様の御支援ご協力の賜物と深く感謝申し上げます。本年も「誇りある日本の再生」を目指す実践活動に地道な努力を続けてまいりますので、何分宜しくお願い致します。

 さて昨年5月の安倍総理の憲法改正についての提言は、憲法九条の一項、二項は残したままで新しく三項を設けて、そこに現在ある自衛隊の存在を明記するというものであり、「戦後レジームからの脱却の最大ポイントは、憲法九条二項の改正ではなかったのか、これを残してどうするのだ」と大変驚きショックを受けたのは、私のみならず多くの人々も同様であったと思います。
 総理の言い方は、「政治家は結論を出さなければならない、国民投票で敗北したらいかなる事態になるのか」であり、与党各党の支持が得られなければ国会発議が出来ない、二項を残すことにより与党を満足させ、自衛隊を明記することでその他保守系の多くの人々を満足させようとの苦渋の選択であろうことが伺えます。

 この提言の問題点は、憲法九条において戦力の不保持及び交戦権否認の二項と、自衛隊を明記する三項の整合性が難しい点にあります。芦田修正案(「前項の目的を達するため」を「前項の目的=侵略戦争はしない」として、自衛戦争のための軍隊は持てるという解釈)でいけば、名前は自衛隊でも中身は軍隊ということになるので総理の提言でも通ります。
 しかしながら、政府は芦田修正案の解釈を採用していません。従って政府の見解では「我が国に対する急迫不正の侵略があること」「これを排除するために他に適当な手段がないこと」「必要最小限度の実力行使に止まること」の三条件を満たさないと武力行使はできない。安保法制の閣議決定で少し範囲が広がりましたが限定的であることに変わりなく、自衛隊を憲法に明記しても芦田修正案を採用しない場合には、二項を改正しない限り自衛隊は軍隊ではなく交戦権も持たない(現状の自衛隊と何も変わらない)ことになります。

 提言の狙いは、改正の動きが実質上止まっている状況を打破して憲法論議を活発化することにあり、改憲勢力の中核としての与党各党の一致結束を考えれば、現実的にはこの方法しかなく、あとは三項を追加していく論議(文言検討)の過程で二項を事実上否定していくことだといわれます(例えば、九条一項が規定している「正義と秩序を基調とする国際平和」は実現していないとの認識を前提として、それが実現するまでの条件付きで、二項の施行を停止し必要最小限の戦力・軍隊としての自衛隊を保有することを三項として明記する)。
 現状を放置しておいて憲法改正は一歩も進まない。70年間一歩も進まない憲法改正を先ずは動かさなければならない(大きな壁を崩す蟻の一穴にする)。憲法審査会等での、活発な論議が期待出来る共通の場を設けるためとみられるこの提言は、憲法改正、就中九条改正への総理の固い信念に基づくものであり、ある意味狡猾且つ画期的なものとして評価に値します。

 しかしながら、従来の自民党あるいは安倍総理の発言等から認識されていた憲法改正論に立ち戻って考える時、今次提言発表の経緯や保守系論壇等の無批判的な追随の動きに、些かの疑問、問題点さらにはある種の奇異感、不安感を禁じ得ません。「自衛隊の存在を憲法に明記する」ということが何のためなのか、意図的に不明確にされているようにも思えます(その存在が憲法違反との謗りを受けているのを廃するためといいますが、現状でも憲法解釈上認められており、たとえ災害派遣等での評価が主とはいえ世論調査によれば92・2%の国民が支持しており、改めて、無理に明記する必要があるのでしょうか)。

 危惧すべき点は、論議が進んだ結果、「現状の国民意識では憲法解釈を大きく変える変更は許容されないので、取り敢えず三項に自衛隊を加筆するにとどめるべきだ」との結論が出て、軍隊でなく交戦権を持たない自衛隊(現行自衛隊と同じ)が、そのまま三項に明記されてしまう恐れはないのか。その結果、自衛隊の存在の問題については憲法上払しょくされることにはなるものの、自衛隊は予見し得る将来共に現在の自衛隊のままでおかれることになります(そして、その後に「蟻の一穴」を拡大するためには、新たに相当な時日と精力を必要とすることは想像に難くありません)。

 他方、狙い通り論議活性化の中で、九条二項を事実上否定する論議(文言検討)がなされ、自衛隊は自衛隊という名前の軍隊として明記されることになれば、それで大目的は達成されるわけであり、それが出来るならば与党各党や国会改憲勢力の共通認識として「二項の改正案」をはじめから提議できるよう努力することが筋ではないでしょうか。そしてそれは将に「自分の国は自分で守る(世論調査によれば、僅かに15・6%、世界の主要国中ダントツ最低)、その中核として軍隊を保持する」との主権者たる国民の意識が確立されることを意味するものであり、そのため国民へ「自衛隊を軍隊にする必要があり、交戦権を持たせることが国の防衛に必要なことだ」との意識の啓蒙こそが喫緊の課題であると考えます。それが不可能ならば憲法改正は未だ機が熟していないと言わざるを得ません。

 憲法改正は国会が発議し国民投票で決せられるものですが、そもそも国会の発議が国民投票で敗北する(恐れがある)様な発議をする国会は、主権者たる国民の意志を体しているとは言えません。「何故、国は軍隊を保持する必要があるのか」「何故、自衛隊ではダメなのか」といった本質的論議もなされないままに国会で発議され、国民投票を行って良いものでしょうか。改正の最も大切なのは改正のプロセスの中において、国民のコンセンサスを醸成することにあると考えます。

 何れにしましても、今後、与党内及び両院の憲法審査会等で改正論議が活発化し、必要かつ充分な時間をかけて進展する様を注視していくとともに、北朝鮮の核・ミサイル問題の緊迫化等を巡って国民の防衛に対する関心が高まっているこの時期を「ピンチをチャンスに」して、国民の「自分の国は自分で守る意識の確立」を期さなければなりません。

 我々東京郷友連盟も、予てより連盟の使命(活動目的)として「国防思想の普及」を掲げ日々実践活動を続けてきましたが、今こそ憲法改正を焦点に更なる活動を強化して参りたい。特効的な手段、方策は必ずしもありませんが、一人一人の会員が基本的事項を充分に咀嚼したうえで、それぞれが家族、親戚、友人、知人等「人の輪」を通じて、例えば10人、20人に語り共感を得る活動を続けることにより、微力ながらも応分の役割を果たし得るものと信じて、日々精進していこうではありませんか。

 最後に、お陰様で機関誌「わたし達の防衛講座」は創刊21年目を迎えました、是非ご一読下さい。発行に当たった関係各位のご尽力、並びにご支援ご協力いただいた皆々様に心から感謝申し上げますとともに、今後とも変わりないご愛顧をお願い申し上げる次第です。

「機関誌『私たちの防衛講座 平成30年』巻頭言」



「国防思想の普及」と「教育勅語」

(平成29年6月2日 (一社)東京郷友連盟 通常総会)
会長 橋 義洋

昨年4月1日に一般社団法人東京郷友連盟として再発足し2年目を迎えました。一般社団法人としての初年度は、従来と変わらない地道な実践活動を進めて着実な成果を収めることが出来ました。会員各位の真摯な努力に敬意と感謝の意を表するとともに関係友好団体等のご支援ご協力に深甚なる感謝を申し上げます。
 ご承知のとおり、郷友連盟の活動目的は、「国防思想の普及、英霊の顕彰及び殉職自衛隊員の慰霊、光栄ある歴史及び伝統の継承の3本柱の実践活動により誇りある日本の再生をめざす」にあります。

我々の活動の具体的かつ究極の目標は「憲法改正」にあり、就中9条を改正して国防軍を設立することにあると考えて来ましたが、昨年来衆参両院で改憲に前向きの勢力が3分の2以上を占め「この70年間で最高の政治状況」にあるにも拘わらず、改正への動きは停滞したままの状況で推移し憂慮に耐えないところでした。
 ところが、先般(5月3日)安倍総理が「憲法を改正し〔憲法9条1項(戦争放棄)2項(戦力の不保持)を維持した上で、憲法に規定のない自衛隊に関する条文を追加する〕2020年の施行を目指す。」旨具体的な目標を表明したことにより、俄かに改正論議が活性化する兆しが見えて来たことは誠に喜ばしいことと思います。

何れにせよ、「国防思想の普及活動」に関していえば、連盟創設以来60有余年を経て自衛隊に対する国民の理解度・信頼感は見違えるように変わってきました。最近の政府機関の世論調査結果によれは自衛隊を支持する世論は92.2%に上ります。私などの若い時代(防衛大に入校した昭和30年代半ば)等に比べればまさに隔世の感があります。

しかしながら、「国を守るために戦うか?」の問いに対する「YES」は、わずかに15.6%に過ぎなく、世界主要36ヶ国中でダントツの最低(他国は少なくとも50〜60%)に位置しています。
 これを要するに、「自分の国は自分で守る」との意識を高めることが、現下の「国防思想の普及活動」の焦点であると思います。

 先般来の北朝鮮のミサイル脅威に対する我が国の対応、国民の反応をみれば、有事における米国との共同対処要領・在韓邦人保護、弾道ミサイル迎撃能力の向上・敵基地攻撃能力の保持等対応能力の向上については勿論のこと、国民保護の観点から、警報の発令伝達、住民避難、防護要領、訓練の実施等国民の生き延びる力・守り抜く力に関して、従来にない真剣な論議が芽生えてきたことは画期的なことと言えましょう。
 未だ具体性や有効性に欠ける嫌いはありますが、これを契機に今後国民の意識の中に「自分の国は自分で守る」との覚悟が確立される可能性を見た思いがします。

 これ等に先立ち、凡そ「国防意識の普及」には直接結びつくとは思われないような市井の事案に関連して話題を呼んだものがありました。それは「教育勅語」についての論議です。
 教育勅語(教育に関する勅語)は、明治時代に天皇の名のもとに立てられた教育方針ですが、戦前の軍国主義・全体主義のイメージを持つものと誤解している国民が少なくありません。それは教育勅語が起草され発布された経緯について、十分に理解していないことが要因と思われます。

教育勅語が起草され発布された(明治23年10月)経緯については、東京郷友連盟の機関誌「わたし達の防衛講座」平成29年版に掲載した安元百合子顧問執筆の「教育勅語・修身から道徳教育へ」の論文を、読んでいただければ十分に理解できることですが、
当時明治政府は不平等条約の解消を目指して西洋の文化を取り入れる欧化政策を行っており、その間、明治5年に国民すべてが学校教育を受けることを目的とした「学制」が発布され、科学的な知識や技術の習得に重点を置いた教育が行われるようになり、子供達がそれらの知識を持たない親を軽蔑したり親の職業を継ぐことを嫌ったりし、日本の歴史や文化が軽視され欧米を理想とし、日本人の良さ(徳性)が失われようとしていました。
 そのような状況に危機感を持ち、日本人らしい生き方の指針を確立し、心の教育を充実しいていくために考えられたのが教育勅語でした。

このように教育勅語の発布の目的は軍国主義を目指したものではなく、またその内容を見れば軍国主義云々の指摘は誤りであるといえます。

教育勅語は3段から成り、その第1段では、教育の淵源(根本)として「伝統的な国民性と国柄のすばらしさ」(国体の精華(せいか))を説き、
第2段で、国民として大切な12の徳目(孝行、友愛、夫婦の和、朋友の信、謙遜、博愛、修学修養、智能啓発、徳器成就、公益
(せい)()、遵法、義勇)が示され、
第3段では、日本人として受け継いでいくべき徳目は、皇室の子孫も一般の臣民も共に守るべきものであること、それは
(いにしえ)も今も変わりがなく、かつ国の内外を問わず、何処でも行われるものであることを謳っています。

日本古来の伝統的道徳を基盤にした教育勅語は、西欧文明の名のもとで流入した雑多な道徳観と伝統的な道徳観の間で混迷していた明治の人々が、まさに渇望していたものでありました。
 小学校生徒の時から「教育勅語」を暗唱した国民の多くは、父祖伝来の徳目を素直に受け入れたのです。そうして、日本固有の伝統的道徳は再生され、国民道徳として定着したのです。
 国民道徳の規範となった教育勅語は、国民意識を高めて国家の発展に大きく寄与しました。

ところが敗戦後、占領軍は日本の弱体化・無力化施策のカギとして教育勅語の廃棄を要求し、昭和23年6月国会で「教育勅語の失効」が決議されました。かくして国民道徳の衰退は占領軍の期待通りに進展していったのです。

歴史と伝統に根差した国民道徳の復活がなければ、「誇りある日本の再生」はないと確信するとともに、今日人々の価値観が多様化し、社会秩序や規範が失われている状況のなかで、徳育の充実に注がれた明治の先人の英知に倣い、教育勅語を現代に合った形で見直しし実践活動に活用していくことが必要だと考えます(因みに、東京郷友連盟は、平成20年版以降の機関誌「私たちの防衛講座」に、「郷友の絆」として本文記事の間隙スペース等を活用して「教育勅語」の掲載を毎年続けています)。

教育勅語の内容で、軍国主義・全体主義の戦前の体制復古につながるとして、最も典型的な非難を浴びているのは「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壌無窮ノ皇運ヲ扶翼(ふよく)スヘシ」の文言です。
 しかしながら国の防衛のため一命を捧げることは、今日でも世界中の国々が実践している事であり普遍的なことであり、けっして軍国主義ではありません。
 皇室を国家に置き換えて「国家危急の際には勇気を奮って公のために行動し、いつまでも永遠に継承されていくべきこの日本国を守り支えて行こう」と解し、国民が日頃の生活から何事にも当事者意識や自立心を持ち、他への依存に頼らない生き方をしようと努力すること、それが「自分の国は自分たちで守る」という意識の確立に通ずると確信します。

このように昨今の事案や論議を活用して時宜に適した我々の実践活動をより効果的に進めて、郷友連盟の目的の一つである「国防思想の普及」を「自分の国は自分で守る」という意識の確立まで深化させることにより、憲法改正の実現に微力ながらも寄与したいと念ずるところです。



憲法改正の焦点―国民主権と国体―

会長 橋 義洋

 明けましておめでとうございます。

 平成29年の年頭にあたり、謹んで皇室のご繁栄をお慶び申し上げますとともに、わが東京郷友連盟の会員諸兄姉および本誌の読者各位、並びに平素ご支援ご協力をいただいている皆様方にとって、本年が明るい幸せ多い年となることを祈念いたします。

 平成28年は、当会にとって歴史的な意義ある一年でありました。永年の懸案でありました法人化の事業を成就させ、東京都郷友会から一般社団法人東京郷友連盟として再発足することが出来ました。これひとえに会員はじめ関係者(団体)の皆々様の御支援ご協力の賜物と深く感謝申し上げます。また法人化に伴い皆様に醵金をお願いしましたところ、多くの方々からご支援を賜り、この場をお借りして心から感謝申し上げます。本年も「誇りある日本の再生」を目指す実践活動に地道な努力を続けてまいりますので、何分宜しくお願い致します。

 さて、昨年夏の参議院選挙で予想通り自民党が圧勝し、憲法改正に肯定的な勢力が衆参の三分の二を超え、戦後初めて憲法改正発議の土台が整いました。それにしては憲法改正の動きは鈍く、最大の問題である憲法九条の改正についても及び腰な発言ばかりが目につきます。巷間、改正項目として緊急事態条項をはじめ、地方自治、衆議院と参議院の関係、環境権等々が挙げられていますが、何れも本質的な事項には触れずにパッチワーク的に切り貼りするような話ばかりで、憲法はどうあるべきか、どういう国を目指すのかについての真剣な議論は一向になされておりません。
 このような状況にあって、私は東京郷友連盟の会員が、わが国憲法の根本となるべき「国体」「国民主権」そして「象徴天皇」について正しい認識を確立し、それを広く国民に普及する努力にチャレンジすることが極めて重要であると確信し、敢えて所信の一端を披歴し参考に供したいと思います。

わが国の政体と「国体」(国柄、国家の心・精神的核心)

 昭和20年の敗戦によって、我が国の政体(政治体制・政治の在り方)は変わったが国体は変わっていないのです。

 敗戦により天皇主権から国民主権に移行したのだから、戦後の日本は戦前の日本と同一の国家ではない。また、明治維新では徳川幕府が滅び王政が復古したのだから、明治維新前後では同一の国家ではないとの見方もあるようです。しかしながら、このような政体の変更はそれ以前にも幾度も起きています。政体は時代と共に変化するが、国体(天皇が君臨している事実)は日本史を通じて変化していない。ヤマト王権成立以来、国体は護持されているのです。

ポツダム宣言受諾は、天皇の国家統治の大権を変更しないことを条件としたものであり(天皇は終戦の詔書の中で「国体ヲを護持シ得テ」とした)、憲法は旧憲法の改正規定に則って改正され法定連続性が認められ、勿論天皇の交代もありませんでした。開戦の詔書(昭和16年12月8日)、終戦の詔書(20年8月14日)、新日本建設の詔書(21年1月1日)の三つの詔書は連続した一体のものであり、日本国民自身が戦前と戦後を通じて一貫して変わらない我が国の歩みを確認するために必要なものであります。即ち、開戦の詔書の「自存自衛のため」とは「国体の護持のため」であり、終戦の詔書の「神州不滅を信じ」とは「国体が護持された日本は滅びない」ということであり、新日本建設の詔書の「明治天皇の五箇条の御誓文の誓いを新たにする」とは、「全国民が明治天皇の掲げられた理想を目指して生活する」ということを示しており、戦前戦後にわたる不変の「国体」を明らかにしているものです。

 現憲法は、日本古来の国家統治の理念を根底から覆し、米国模倣の民主制と妄想の平和主義を強要して制定させられたのであり、その結果、伝統的精神文化基盤の破壊と日本人の劣化が進められてきました。我が国の伝統的な国家統治の実体「国体」は、天皇が祭祀と統治を総覧する「君主国」であり、国家運営の政治理念は「君臣一体の姿」を旨とするものであり、皇室と国民との関係は民族的特性を反映した国民道徳として歴史の中で育まれてきました。それが我が国独自の統治力の源泉であり「国体」の権威なのです。

国民主権論の危険性

現行憲法前文では、国民主権を「人類普遍の原理」としていますが、そもそも、「国民主権」の概念は16世紀のキリスト教プロテスタント運動の過程で、勃興する君主に対しローマ法王の権威を維持するために生まれたものであり、後にこれがブルジョアジーの政治参画の論拠とされた。つまり特定の領域(欧州)で、特定の政治目的のために誕生した概念であり「普遍性などは皆無」であり、また「国民主権が行動と進歩の原理として創造的な価値を持っていた時代はすでに去った」と言われます。

 最初に国民主権学説を唱えたピュカナンは、「どこの国にも固有の法律と固有の国家組織がある。自国の国家形態を他の国に押し付けようとするのは何という不遜なわざであろうか」と述べています。また“社会学の父” スペンサー(英国)は、大日本帝国憲法制定時に「日本の憲法及び之に付随する法律にして日本の歴史習慣と同一の精神及び性質を有するに非ざれば、その憲法及び法律を実施するにあたり、将来非常の困難を生じ、終には憲法政治の目的を達すること能わざるに至らん」と忠告しています。これは「憲法は欧米諸国各々、其の歴史、習慣より成立せるもの」であり、歴史、伝統に基づかない憲法は遵法の精神が育たないということなのです。

 また、国民主権を巡っては、「主権者国民とは、抽象的・歴史的な概念としての国民である」とする論と、「究極的には人民投票における多数者意思である」とするとの論争があります。現在、わが国の改憲勢力が率先して、国体破壊につながる後者の主権論を押し進めようとしている気配があるのは、危険な兆候と言わざるを得ません。日本国は現在生存する国民だけのものではなく、日本文化を今日まで育んで来た数千年の先祖から、更にこれを引き継ぐ子孫に至る命の連鎖が日本国を造り、皇室はその中心的存在であり日本文化の基盤であることを忘れてはいけないと思います。

現憲法は、「国民主権(主権在民)下での象徴天皇制」で、日本文化の根源の伝統的統治理念を否定しようとしましたが、それは実体のない観念論であり、日本の文化の中で空文化していると云えましょう。国民主権の内容は、国民の参政権と国会の立法権の規定で済むことであり、「我が国は立憲君主国であり、天皇は日本国民統合の象徴である」ことを国民に認識させることが日本人のアイデンティティの再生に必須だと思います。

象徴天皇

 現憲法の施行により、天皇主権から国民主権に移行し、天皇は統治権・統帥権を持った存在から象徴になったと理解され、「天皇はもはや象徴にすぎない」とも言われます。しかしながら、現憲法にいう主権の存する国民というのは、天皇主権か国民主権かという意味ではなく、主権をもった独立の歴史共同体としての国民、日本民族の意味であり、象徴の本質は、天皇を通じて日本の姿を見ることが出来るということにあるのです。天皇は古代より日本国の象徴、日本国民統合の象徴であり続けたのであり、現憲法の施行によって象徴になったわけではないのです。

 わかりやすく云えば、「目に見えない一つの国民の姿」(主権者)を、目に見える形で現すのが天皇ということです。多数意見が主権者の意思ということではなく、多数意見が国会の決議を経て主権者の意思となるのであり、主権者の意思は一つしかないのです。主権者の意思を確定する過程で役割を果たすのが一人ひとりの国民(目に見える国民)であり、したがって、目に見える国民は主権者ではなく、主権によって統治される国民ということになります。「国民主権」という場合の国民とは、国家意思の主体であり、「目に見えない一つの国民の姿」であって、目に見える国民のことをさすのではありません。国会議員は、統治される国民の代表者であり、主権者たる国民を目に見えるかたちで表すのが天皇なのです。それが象徴天皇の本質なのです。

何れにしましても、前途多難な憲法改正(自主憲法の制定)の途と思われますが、本来在るべき日本の再構築(誇りある日本の再生)を目指して、組織を挙げての各種施策はもとより、会員一人一人がきめ細かな献身的な努力を積み重ね、日々頑張りぬいていきたいと思います。

最後に、お陰様で機関誌「わたし達の防衛講座」は創刊20周年を迎えましたので、「発行20年の歩み」と関係者の皆様からお寄せいただいた「発行20年によせて」を取り纏めて「機関誌創刊20年」として収録しておりますので是非ご覧下さい。これまでの関係各位のご支援ご協力に心から感謝申し上げますとともに、今後とも変わりなくご愛顧をお願い申し上げる次第です。

「機関紙『私たちの防衛講座 平成29年 機関誌創刊20年記念特集号』巻頭言」